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パチンコ、ラーメン2軒おき

「日本中、パチンコ、ラーメン2軒おき」

という言葉が出たのは、昭和25年頃のこと。

事実、この頃からパチンコとラーメンは、ぐんぐんと発展していったのです。

そして、長く根強く、今日に至るパチンコ・ブーム、それとラーメン・ブームとなってきたわけです。

というのも、ラーメンもパチンコの良さ同様、庶民的、薄給的(?)、気楽的なところが、一般の支持を受けたからで、パチンコもラーメンも年ごとに人気を増していっています。.

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パチンコ、ラーメン2軒おき その2

そのパチンコ人気がいよいよ発展をしている昭和28年3月・・・。

日本専売公社(今の日本たばこ産業株式会社)が、パチンコについて調査をしました。

いうまでもなく、日本専売公社にとってパチンコ屋は、景品用タバコを多量に買ってもらっているいいお得意さんです。

そこで、パチンコ屋にタバコを買ってもらった数字から逆算して、パチンコ屋の軒数を割り出したのです。

その結果・・・

パチンコ屋6万8458軒
パチンコ台92万7999台

ということが分かりました。

さらに、お客がパチンコで使う金は・・・

昭和27年度800億~900億円
昭和28年度900億~1000億円

と推定されました。

これは、当時の人口を8000万人として、パチンコのために1人が1年間に、1250円を使っていることが分かったのです。

パチンコ、ラーメン2軒おき その3

ところで、この

パチンコ屋6万8458軒

という数字ですが、警察庁の調査(昭和57年12月28日)では、同年10月末現在で

パチンコ屋1万303軒

となっていて、じつにその差は5万8155軒。

約30年間に、なんともたいへんな激減ぶりで、この2つの数字だけみると、パチンコは斜陽としか思えません。

しかしこれは、昭和28年頃のパチンコ屋は規模も小さな店が多く、いわば群雄割拠というか、群小割拠の時代だったのです。

その頃、場末には仕舞家の玄関をちょっと改造して、7~8台のパチンコ台をおいた小さな可愛いパチンコ屋もずいぶんあったものです。

それが、約30年間に整備され・・・

軒数は激減したものの、現在のパチンコ屋にみるような大企業化した店が残ったから、というわけで斜陽どころかどの店も日の出の勢いなのは、ご存知のとおりです。

新宿西口「パチンコ横町」

では、日本専売公社が調査した昭和28年頃の、現実の街にみるパチンコ屋の"地図"は、どんな状態だったのでしょうか。

今となってそれを調べるのは非常にむずかしいと思われますが、さいわい2つの貴重な記録を秘蔵していますので、それを紹介することにしましょう。

まず第一は、東京・新宿の新宿駅西口、通称「パチンコ横町」(ふつう"横丁"という字が使われている所が多いようですが、ここではその頃"横町"でした)の、西口仲通りの"地図"です。

通りは、2つの商店街が向かい合っていました。

〈洋品店 飲み屋 すし屋 装飾品店 パチンコ屋 大衆酒場 すし屋 食堂 そば屋 ラーメン屋 パチンコ屋 パチンコ屋 喫茶店 天ぷら屋 パチンコ屋 菓子屋 中華料理店 焼鳥屋 中華料理店 中華料理店 衣料品店 飲み屋 カバン屋 中華料理店 かばやき屋 食料品店 パチンコ屋 焼鳥屋 パチンコ屋 食料品店〉

〈菓子店 洋品店 そば屋 パチンコ屋 パチンコ屋 パチンコ屋 中華料理店 パチンコ屋 しるこ屋 すし屋 菓子屋 パチンコ屋 焼鳥屋 釜飯屋 菓子屋 釜飯屋 焼鳥屋 すし屋 中華料理店 釜飯屋 肉屋 すし屋 洋食店 酒屋 パチンコ屋 洋品店 カレー食堂 パチンコ屋 肉屋 洋品店〉

新宿西口「パチンコ横町」 その2

店の数は、片側30軒ずつの計60軒。

そのうち、パチンコ屋は13軒。

あとの大部分は食べ物屋か飲み屋ですから、職種の比率からいってもパチンコ屋は圧倒的に多く、別称「パチンコ横町」といわれたのも、なるほどとうなずかれます。

ところが、ラーメン屋はわずか1軒。

これでは、「日本中、パチンコ、ラーメン2軒おき」とはいきません。

でも6軒の中華店を足すと7軒となり、他の職種から比べればやはり多く、"2軒おき"という感じとなりましょう。

こういうと、中華料理店が「ラーメン屋はラーメン専門。

うちらはいろいろ中華料理を出している」というかもしれませんが、当時の"中華料理店"はデ手もせいぜいギョーザぐらい・・・。

あとはラーメンが主だったのです。

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東京一の浅草のパチンコ屋

もう一つの秘蔵記録は、昭和28年3月31日、台東区浅草商店街連合会発行の『商店主ハンドブック』
(同会事務局編集)に収録された"全浅草商店街"のパチンコ屋。

看板を"遊技場"等としたものもありました。

当時、浅草には48の商店街がありました。

蔵前の問屋街(雑貨)、合羽橋の問屋街(飲食店設備)、花川戸の問屋街(履物)、聖天町の問屋街(靴)などなど・・・。

100軒、150軒という大商店街もあって、これらの問屋街にはパチンコ屋は1軒もなかったのです。

また、パチンコ屋のある商店街でも先にあげた新宿西口の「パチンコ横町」のように、パチンコ屋が密集してはいませんでした。

しかし、当時の浅草は、戦災から立ち直り、復興の意気に燃えていて、再び東京一の盛り場として、人出もたいへんなものでした。

したがって、パチンコ屋も大店舗のものが多く、どの店も満員の盛況でした。

六区の興行街は人の波。

肩と肩とがぶつかり合うほどで、どの映画館も、軽演劇もストリップも、フル回転でした。

そういう多忙の幕あい・・・

パチンコ屋には、息抜きのいっときをチンジャラで楽しんでいるストリッパーなどの姿を、よく見受けたものです。

その賑やかだった浅草も、すっかり寂れてしまい、六区など昼間でも人影まばら。

いろいろ、復興策もあるようですが、はたしてどうなりますか。

ただ、パチンコ屋だけは盛ん。

「浅草はいいよ。よく出るんでね、四つ木から来ちゃあ、稼いでるよ」というような、客も多いようです。

パチンコ屋の客には、その土地によっていろいろな特色があるようです。

また、時代によって客筋に変化のあるのも当然でしょう。

パチンコ流行の元年

昭和40年7月20日、朝日新聞社から『アサヒグラフ増刊戦後20年・人と事件』が発行されました。

『これは荒廃した焼土に現在の繁栄が築かれるまでの、戦後20年の事件・風俗・政治・スポーツなどの写真集であり、毎年一人、国の運命をになった人からテレビの人気スターまで、ひろく話題の人物を特集した』

・・・と目次ページにありますように、さまざまな人物や風景などが出てきます。

その昭和25年の「世相.風俗・流行」のところに、次のようなことが記録されています。

『米ソの対立がはげしくなり、6月に朝鮮戦争。

金づまりが一転して"特需景気"。

"金ヘン"がババをきかせはじめ、千円札発行、"社用族"の横行が目にあまるようになった。

"パチンコ"がさかんになったのもこのころだ。(以下略)』

パチンコ流行の元年 その2

25年という年はパチンコ流行の元年でした。

そして、その証拠を示すように同誌は次の年の「昭和26年」の中で

『パチンコ流行 子どもの遊びだったパチンコが、おとなの娯楽として町にはんらん。

国会でも問題になった』

というキャプションで、1ページの3分の2ぐらいを占めるパチンコ屋風景の、大きな写真を載せています。

パチンコ台の配列や、客の服装がなかなかサッパリとしているところをみると、都心のパチンコ屋を撮ったものでありましょう。

この年がどんな年だったか・・・。

同誌の昭和26年の「世相・風俗・流行」でみると、次のように記録されています。

『"老兵は死なず"の名せりふを残し、マッカーサーが連合軍最高司令官を罷免されて去った。

9月には(中略)"独立"の名を得たわけだ。

民間航空が再開されて日の丸機がとびはじめ、民放がはじまって"CM"が登場した。

前年いったん短くなったスカートは、また伸びてロング・スカートとなる。(以下略)』

買物帰りにパチンコ

昭和30年8月15日、河出書房から『戦後10年 日本人の辿った道 河出新書写真篇17』が発行されました。

その昭和27年の「自立の底に流れるもの 広場の斗争」に、次のようなことが記録されています。

『戦後数年、ようやくにして中国からの在留邦人帰還問題が、中国紅十字会の努力で緒につき、その第一船が舞鶴に帰った。

国敗れて山河のみのこる故国の土を、永きは十幾年ぶりで踏んだ人々の心持ちは、思いみるだに胸が痛い。

しかも故国は決して温い眼では迎えてはくれないのだ。

温く迎えたい心はあっても、巷に人はあふれ、職も食糧も乏しく、結果としてはおそらく、涙と嘆息と憤慨とを贈るにすぎないかもしれないのだ(以下略)』

買物帰りにパチンコ その2

"巷に人はあふれ、職も食糧も乏し"かったのです。

そういう世相を同書は「昭和27年」の中に「買物帰りのパチンコ・マニアの主婦達」というキャプションでーページの3分の2ぐらいを占める大きな写真を載せています。

前の『アサヒグラフ』の服装がサッパリしている男性パチンコ客達の写真に比べると、こちらの写真は赤ん坊をおんぶして、買物籠に葉のついた大根が顔を出しているという生活のにおいが溢れています。

しかも、写っている人物は、みんな、生活に忙しそうなおばさん達・・・。

パチンコは、いろいろ生活に必要な景品をとるための大切な"勝負"だったのです。

おんぶされている赤ちゃんは眠っています。

チンジャラの騒音にも目を覚まさないところをみると、お母さんの長勝負に、すっかり疲れて眠りこけているのでしょう。

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