生協について 2
同年(1986年)の12月に、各種の改善を要望するが法改正の必要は認めない旨の報告書が答申されました。
この間、生協組合員の反対運動も加わって、小売商側委員の全国商店街振興組合連合会理事長は答申のまとまる直前の11月中旬、辞表を提出するという一幕も生じました。
厚生省は、「あり方懇談会」の答申の線にそいながら、事態の改善に法改正ではなくて行政指導の道をとりました。
そして、1987年の6月から7月にかけて、生協の政治的中立の徹底、財務諸表の公開、組合員出資金の増額、関連会社の規制などにかんする通達を各都道府県に出します。
しかし、公権的な生協規制を目ざす生協法改正実現運動は、それで終わったわけではありません。
1987年8月初旬、自民党の「商工こ議員を中心に「生協法改正実現議員連絡協議こが発足し、同協議会は発起人会に、中小小売商総連盟の主要諸団体の首脳のほか、日本商工会議所、日本百貨店協会、日本チェーンストア協会などの代表にも協力をよびかけました。
大規模小売店舗法(大店法)の問題では、敵対関係にあった勢力の糾合も図られて、生協攻撃の包囲網が広げられてきたわけです。
そして同年11月末の全国商工会連合会の全国大会でも、生協規制強化の推進が決議。
1988年6月、自民党税制調査会では、生協にたいする課税強化について、大手生協の基本税率を30%に引き上げる大蔵・厚生両省の当初案で一応の決着を見ました。
しかし、それよりも適用範囲を広げ、税率も37・5%にしようとする自民党商工部会案も、今後の検討問題として残されたのです。
« 生協について | メイン | 生協について 3 »